さあさあと、小気味よい音を立てながら雨が降る。時折響く、ぽちゃんという音は、瓦屋根から流れてきた雨粒が、御影石に滴り落ちている音だ。襖をあけ放って自室から眺める庭は、曇り空のために薄暗くて少し物寂しい印象をもたらす。いつもなら、ザシキやイヌガミ、スズメ…沢山の英傑たちがこの庭で騒いでいる姿を見ていたせいだろうか。
流石の彼らも、今日は雨をしのぐために本殿の方に集まっているに違いない。
つまらないな、思った言葉は口をついて出てしまう。つまらないから、自分もそちらに向かうことにしようか。
「あれえ、独神ちゃん、どっかいっちゃうの〜?」
立ち上がろうとした自分の肩に大きな手が乗った。ふいのことにビクリと全身が震える。
「あっは!相変わらずいい反応だねえ。…ところでどこか行っちゃうの??僕が居るのに」
先程まで誰もいなかったではないか。振り向き際に肩から手を外してやれば、見下ろす視線は少し残念そうな顔をする。このまま何か悪戯でもしてやろう、という魂胆だったのだろう。これは一旦距離を取らねば、餌食になる。
「いやあ、肩こってるなあって思ってさ。少し揉んであげようと思ったんだけど…ホントだって!それだけだよ、なんで逃げるの?」
大抵そういう意地の悪い顔をしているときは、何か企んでいるときだ。経験上分かる。
「敵前逃亡だなんて、独神ちゃんらしくないよ!立ち向かってこその八百万界の希望じゃないか。…もっともなこと言ってって顔してるね。でもそうでしょ、立ち向かってこなきゃ戦えない!!さ、独神ちゃん、僕に立ち向かってみせてよ」
さあ、とフウマは両腕を広げて見せてくる。何をどうすればいいかはわからなかったが、とりあえず抵抗程度にお腹部分にパンチを与えてみた。その筋肉の固いこと。ビクともしていないであろうことは、フウマの余裕の笑みで理解できた。
「そんなので抵抗しているっていうの?…僕、心配だよ。もしかしてここの中で独神ちゃんが一番非力なんじゃないの?違う??だってほら、君を抱き上げることだってこーんなに簡単だ」
フウマが、子どもを抱き上げるかのように自分を持ち上げた。高い高いをさせられた、幼子のような心持である。しかも比較的抱き上げ位置が高い。天井に頭がぶつかりそうで怖かった。
「…あれ、少し顔が強張っているね。僕、身長高いから持ち上げると天井に頭がついちゃうぐらいの位置にくるみたいなんだよね。……ね、怖い??って愚問か!そんな顔してるんだから、怖いに決まってるよね。うん、ありがとう」
何への感謝かはわからないが、暫くしてフウマはようやく畳の上におろしてくれた。
「軽すぎだよ、独神ちゃん。そんなんじゃあ、簡単に連れ去られちゃうよ?勿論、そんな簡単に手渡したりなんかはしないけど…当の本人がってこともあるからね、気を付けてよ。雨に紛れて攫っちゃうかも…なーんてね♪」
ニコニコとフウマは笑顔であったが、本当のところは目が笑っていない。雨音しか聞こえない世界で、ただ彼と無言で見つめ合う。廊下を走って此方に向かってくる誰かの足音が聞こえるまで、意識を逸らすことはできなかった。
実は秒読み間近だったりする/フウマコタロウ